日本市場で成果が出ない

ドル建てのままの価格表が、日本の稟議に載らない理由

ドル建てのままの価格表が、日本の稟議に載らない理由

海外SaaSの日本参入を手伝っていると、価格をドル建てのまま出すか、円建てに直すかを必ず一度は聞かれます。

聞かれ方はたいてい営業の論点として来ます。値引き余地を残したい。本社の価格統制を崩したくない。

ただ、この判断で止まるのは商談ではありません。買い手の社内です。

通貨を決めているのは、営業ではなく相手の稟議書

日本の大型案件で、担当者が最後にやるのは説得ではなく起案です。稟議書には金額を1つ書きます。範囲でも概算でもなく、1つ。

ドル建ての価格表は、その1つを作る作業をまるごと相手に預けます。どのレートを使い、いつ時点で固定し、消費税をどう扱い、年額をどこで区切るか。

紙の上では事務作業です。やる本人にとっては、そうではありません。

自分でレートを決めて起案すれば、半年後に円安が進んだとき、その数字を選んだのは自分ということになります。書類には自分の名前が載っている。おまけに、上長に説明するたびに金額が少しずつ違う。「前回と数字が変わっていない?」と聞かれた瞬間、議題は製品から本人の詰めの甘さに移ります。

なので、いちばん安全な手は「まだ決めない」です。乗り気なのに動かない案件の何割かは、たぶんここで止まっています。

金額でもめている部屋に、営業は入っていない

IDEATECHとデマジェン総研の北川裕康氏による共同調査(2026年6月9日公表、調査期間2026年5月25〜26日、n=330。年間契約額500万円以上のB2B業務ソフトウェア・SaaSまたはITインフラ・セキュリティ商材の購買に2名以上で関与した人を対象としたインターネット調査で、調査PRを事業とする会社の企画である点は割り引いて読む必要があります)では、検討に関与した専門部門は情報システム42.2%に次いで、経理・財務38.2%、法務33.2%、購買・調達32.0%でした(複数回答、n=325)。

合意形成に時間がかかった点の2位は「予算規模・予算配分の社内調整」で51.7%。検討が長期化したと答えた73.5%にその原因を聞くと、経営層の判断待ちが63.6%、予算承認に時間がかかったが31.0%です。

営業が会っているのは事業部門と情報システムです。経理と法務と購買には、案件が終わるまで一度も会わないことのほうが多い。

会っていない相手が、こちらの金額の書き方でもめている。

買い手が求めているのは説得力ではなく、自分で作れる数字

同じ調査で、発注先を決めるときに重視した観点の1位は「価格・コスト」58.5%。一方、「投資対効果(ROI)の説得力」は11.1%にとどまります(上位3つまで回答、n=325)。

ここだけ読むと、日本の買い手はROIに関心がないように見えます。そうではありません。判断材料として助かったコンテンツの1位はROI計算シミュレーターで55.4%。営業と接触する前に自社では判断しにくかった項目にも、ROIの試算が41.5%で挙がっています。

こちらが作ったROIは効かない。相手が自分で回せるROIは効く。数字の出どころが自分なら、こちらのいない部屋でも守れるからです。

価格表の通貨は、その入口にあたります。

渡すのは見積書ではなく、検討期間中に動かない1枚

円建て、税抜、年額。初年度と次年度以降を分ける。有効期限を書いて、その日までは為替が動いても金額は変えないと添える。中身はそれだけです。

途中でやめた案が2つあります。

ドル建てのまま為替の注記を付ける案は、丁寧に見えて工程が増えるだけでした。注記を読んだ経理から「では稟議には結局いくらと書けばいいのか」が返ってくる。答えるのは、結局こちらです。1週間遅れで。

都度レートで口頭換算する案は、もっと悪い。担当者が説明するたびに数字が変わり、いちばん避けたかった状態を、今度はこちらから作りにいくことになります。

本社の価格統制を崩す必要はありません。ドル建ての定価はそのまま、日本向けの提示レートと有効期限だけを固定する。値引きではなく地域の商習慣に合わせた提示方法として出せば、たいていは通ります。

値付けの話に見えて、実際は買い手の社内工程をこちらの設計に含めるかどうかの話です。考え方の全体はレベニューアーキテクチャとはに置いています。

価格提示の通貨は営業条件ではなく、相手が承認に載せる金額を固定できるかどうかの問題です。

今週、日本向けの価格資料を1枚だけ開いてください。税抜・円建て・年額の数字と有効期限が書いてあるか。無ければ、止まっているのは商談ではなく相手の起案です。

関連する記事

その起案そのものを営業が書いて渡す手順は、稟議のたたき台を営業が書いて渡すと、止まっていた承認が動くに書きました。金額の1枚は、その添付資料にあたります。

同じ悩みの記事は「日本市場で成果が出ない」にまとめています。