導入したのに使われない
「前のやり方に戻したい」に可否で答えると、二重帳簿が始まります
稼働から1か月ほど経つと、必ず誰かが言います。前のやり方に戻したい、と。
この言葉は、たいてい「まだ慣れていないだけ」と処理されます。もう少し使ってみましょう、と返して終わりです。
ただ、この要望には期限があります。2回言って何も起きなければ、その人は言うのをやめます。やめたあと、要望が消えるわけではありません。
「戻したい」と言えるのは、新旧の両方を実際に使った人だけです
設計を批評できる人は社内に何人もいます。実際に両方を使った人は、ほとんどいません。
設計した側は、旧のやり方を要件整理のときに見ただけです。決裁した側は画面を見ていません。稼働後に新旧の両方で同じ仕事を通した人は、現場にしかいない。
つまり「戻したい」は、比較をした唯一の人から届く一次情報です。苦情の形をしているので、そう見えないだけです。
しかも、この報告は放っておくと止まります。マツリカの「SFA/CRM活用課題調査」(調査実施はIDEATECH、2024年11月25〜28日実施、2025年1月28日公表、n=101、B2B企業の営業部門の管理職・主任。SFAを販売する企業の自社調査で母数も小さいため、傾向として読んでください)では、SFA利用の課題として「情報の入力・更新が煩雑」43.6%、「操作性が悪い」38.6%が並びます。煩雑さも操作性も、使った人にしか分かりません。設計会議には出てこない情報です。
可否で答えた瞬間、要望は消えずに手元のファイルへ移る
「戻したい」に対する答えは、実務では2種類しか出ていません。戻せません、か、では一部戻しましょう、です。
どちらを選んでも、次に起きることは同じです。言った人は、自分の仕事を回す方法を自分で見つけます。新しいシステムには会議に必要な分だけを入れ、本当に使う情報は手元のファイルに置く。表向きの入力率は保たれます。数字が実態を映さなくなるだけです。
ここから先、設計の欠陥は報告されなくなります。回避策を持っている人は、困っていないからです。
この状態がどれくらい起きているかを直接測った日本の公開調査は、探した範囲では見つかりません。近いのはキーウォーカーの調査(2025年10月8〜10日実施、2025年11月11日公表、n=1,034、SFA・CRM・BIツールを導入済み企業の営業部門の担当者と管理職、PRIZMAによるインターネット調査。BIツールの導入支援を行う企業の自社調査です)で、入力タイミングを聞いた設問に「入力できていない・漏れが多い」が12.5%あります。ただしこれは未入力を自己申告した割合で、別の場所に置いているかどうかまでは分かりません。
測れないので、兆候で見つけるしかない。会議の前に誰かの画面共有で見慣れないファイルが一瞬映る、商談の詳細を聞くとシステムに無い情報が出てくる、更新日時が会議の前日に固まる。このあたりです。
戻りたい先は旧システムではなく、旧のやり方が持っていた機能のどれか1つ
「戻したい」と言う人は、旧システム全体を惜しんでいるわけではありません。旧のやり方が担っていた仕事のうち、新しい設計がまだ引き受けていないものが1つある。それだけです。
現場で聞くと、だいたい3つのどれかに収まります。
- 速さ。 旧のやり方では10秒で書けたものが、CRMでは画面を開いて商談を探して項目を選ぶところから始まる。キーウォーカーの同じ調査では、入力が遅れる理由に「モバイルで入力しづらい」が30.7%入っています。移動中に片手で書けたものが書けなくなると、その日の入力は夜にまとめる作業に変わります
- 確定前の情報の置き場。 ここが最も見落とされます。手元のExcelやノートは、まだ人に見せられない情報を置ける場所でした。感触、社内の事情、次に何を確かめるか。CRMを「確定した情報だけを入れる場所」として設計すると、確定前の情報の行き場が消えます。行き場が無いものは、必ず元の場所に戻ります
- 俯瞰。 旧の一覧は1画面で全件が見えました。CRMは1件ずつ開く設計になっていることが多い。担当している案件の全体像を毎朝つかむ習慣を持っている人ほど、ここで詰まります
3つのうち、速さと俯瞰は設定で解けることが多い。難しいのは2つ目です。これは項目を足して解決する話ではなく、「確定前の情報をどこに、誰に見える形で置くか」を決め直す話になります。
例外を表に出すほうが、裏のファイルより安い
答えるべきは可否ではありません。期限です。
「戻す・戻さない」ではなく、「2週間以内に、その1つをどこが引き受けるか決めて返します」と答える。そのうえで、決まらなかった場合の扱いを先に決めておきます。
決まらなければ、その1点だけ旧のやり方を残します。裏で残すのではなく、表で残す。例外として名前を付け、いつまで残すかを書き、誰が使っているかを数えられる状態にしておきます。
表の例外と裏のファイルは、現場から見ると同じものです。設計から見ると全く違います。表の例外は棚卸しの対象になり、いつか閉じられます。裏のファイルは存在が見えないので、閉じる日が来ません。
そして表で残した例外は、次の改修の優先順位そのものになります。3人が同じ例外を使っていたら、それは要望ではなく設計の欠落です。
「前のやり方に戻したい」は、旧のやり方が担っていた仕事のうち、新しい設計が引き受けていないものが1つあるという報告です。可否で答えると、要望は消えずに手元のファイルへ移り、以後は上がってきません。
よくあるつまずき
- 「慣れの問題です」と返す。 速さと俯瞰なら、確かに数週間で慣れます。確定前の情報の置き場は、慣れでは解決しません。どれに当たるかを聞く前に慣れの話にすると、その人は次から言いません
- 要望を出した人を、旧のやり方に戻れないよう権限で縛る。 旧システムの参照権限を切る、Excelの出力を止める。これで出てくるのは新しい入力ではなく、手書きのメモです。置き場を用意せずに置き場を奪っても、情報は消えるだけです
- 例外を認めたら全員が戻ると考える。 実際に戻りたがる人は多くありません。全員が戻る心配をして例外をゼロにすると、裏のファイルの数だけが増えます。例外は、認める数ではなく、数えられるかどうかで管理してください
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そもそも旧システムを止める日をどう決めるかは、「戻したい」が出る前の設計の話です。期間ではなく出口条件で決める考え方は、並行稼働を「3か月」で決めると、旧システムは止まりませんに書いています。
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